うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

やっと上巻やちまた

「やちまた」
とうとう上巻を読み終えることができました。

学生時代に買った本なので、積読歴50年!

ほとんどの人が興味ないと思いますけど、

盲目の国語学者本居春庭の伝記(?)です。

表紙は春庭が考案した四段活用の表。 

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昔の人、公家・武士・僧侶とかって、

古文をすいすい読み書きしてたと勝手に思いがちなんですけど、

実は、あれ? これってどう読むんだろ、どう書くんだろ

ってことがあったんですね。

この漢字は訓読みするのか音読みするのか、

テニヲハはどうする? 

「顔」はカオ? カホ? カヲ?……

 

そこはえらい先生が経験的にこうなんだと教えてたかもしれないんですけど、

そうじゃなくて、この場合はこういうことだからこう読むんだ、

こう書くんだってことを理屈でもって真剣に考えた人もいて、

そういう研究者たちにつらなるのが本居宣長であり本居春庭なんです。

国学者はいまでいう国文学と国語学の研究者で、

万葉集など歌の研究と仮名遣いなど国語の研究をしていたようです。

 

「やちまた」は、本居春庭が著した『詞(ことば)の八衢』という

研究書から来ています。

辞書を引くと――

八衢(やちまた)とは道が八つに分かれている所。

また、 道がいくつにも分かれている所。

したがって「やちまた」という書名は、

「言葉の活用は八衢に及びうる」という意味です。

動詞には自動詞と他動詞があって、こんなふうに活用するんだとか、

そういう日本語の言葉の法則を、春庭は解き明かしました。

春庭の業績が完成した文化3年は

ヨーロッパの言語学が基礎がつくられた1806年と同時期

と指摘する研究者もいると本書でもふれています。

 

とまあ、そういう本居春庭についての本で、

大学生だった当時のぼくに上下3200円は、
ものすごく高額な買い物だったはずです。
よほど書評子の言葉に心を動かされたのだと思います。

こちらでもべた褒め。

詳しく知りたい方はどうぞ。これぞ本物の本読みですね。

1000ya.isis.ne.jp

 

購入してから半世紀近くもぼくは手をつけていませんでした。

441ページもある厚みに気おされたのでしょう。

いまでは紙も黄ばんで、あちこちシミもできています。

せっかく若くてお金もなかった頃の自分が頑張って買ったのだから、

いまこそその当時の志に応えようと、

1日1ページでも2ページでもと毎晩読み進めてきて、

ようやく上巻を読了した次第です。

 

この本、ドキュメンタリーのようでもあり、
小説のようでもある、不思議な読み物です。

著者は当初、本居春庭について調べようとするのですが、

父親の本居宣長が存命の頃は春庭について記した

書簡などの文書が多く残されているものの、
その後は、ほとんど春庭の動向がわからなかったことから、
本居宣長をはじめとする国学者の一派、
周辺の学者や市井人の記録を片っ端から蒐集し、読み漁ります。

 

著者が本居春庭の研究に没頭していたのは、
神社の神官を養成する専門学校の生徒だったので、

まだ10代後半かせいぜい20歳前後です。
学生の身分でありながら、だれの紹介も得ず、
地方の研究者などをアポなしで訪ねていき、
春庭が生きた時代を手探りで知ろうとするのです。
その迫力、バイタリティーに驚嘆します。


この本がドキュメンタリーであり、

青春グラフィティーっぽくあるのは、
そうした著者の熱量あふれる活動によるものと、
小説としての破天荒なスタイルによるものと両方があります。
あるときは当時の学者同士の凄まじい批判合戦や

あさましい猟官活動を取り上げたかと思うと、
あるときは著者や学友のバンカラな行動が描かれます。

時空を行き来するわけです。

あるいは本居宣長が自分の葬儀に対して、いかに細かく指示を残したか、

あるいは本居宣長の弟子を騙る平田篤胤がいかに変人学者で、

京都の吉田神社がいかに俗物的な上昇志向でえげつない動きをしたか、

話はあちゃこちゃに飛び散らかっていったりします。

一部抜粋するとこんな感じ。

平田篤胤は、『俗神道大意』で、

吉田家は素性もしれぬ卑賎であるのに

奸計をもって足利将軍に取り入り、

諸国の神人をおどしかすめとって配下につけた

「ニクキコトノカギリ」と罵倒し、その説く吉田神道

仏儒の説を折衷した俗流に過ぎないと弾劾した。

それが上京の直前に前説を撤回し、京都ではわざわざ吉田家を訪問し、

あげくはその教授になった。

理解し難いほどの変節である。

事実、吉田家は日本最大級の策謀家系といっていいだろう。

 

この物語はいったいどこに読者を連れて行くのだろうと、
とっつきにくい内容ながらも、ワクワクさせられます。

下巻が読み終えられるのはいつごろかしら。

またここで感想が書ければと思います。