うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

狼の歌と黄金の耳

潜水艦映画にハズレなし

とよくいわれます。たしかにそうだけど、

潜水艦映画にカンペキなし

とも思います。

密室劇の緊迫感をどう盛り上げていくか、

作り手はそこに仕掛けをいくつも張り巡らすわけですが、

観客はそこにどれだけリアリティがあるのか気になるわけです。

アマゾンプライムで字幕版・吹き替え版、両方見ました。

 

ウルフズ・コール

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この映画、まずはフランス製であるってとこが珍しいです。

制服や装備、緊急時のルーティンなど、

アメリカ海軍とはまた違った文化、約束事が散見できて興味深いところ。

タイトルの「ウルフズ・コール」は、

映画のなかでは「狼の歌」と訳されています。

潜水艦を捉えようと発信されるアクティブ・ソナーの音のことを、

そう呼んでいるようです。

潜水艦にしたら自分の位置が特定されてしまうので、

非常に恐ろしい、不気味な音だといえます。

逆に潜水艦の側からは位置が知られるので音は出せません。

聴音機(パッシブ・ソナー)のみで敵を探ります。

なので「黄金の耳」と呼ばれる、

有能な音響分析官が主人公です。

 

物語の前提としての国際情勢――、

フランスはロシアから圧力を受けるフィンランドを支援するため、

陸軍の派遣を決定し、そのことで露仏関係が悪化しています。

ロシアからは核攻撃もありうると脅される状況は、

現今のウクライナ情勢を思わせます。

そんななか旧ソ連時代の潜水艦を秘密裏に購入していた、

イスラム過激派組織がフランスに向けてミサイルを発射します。

これをロシアからの攻撃と信じたフランスは、

原潜に反撃を命じ、あわや世界核戦争の危機に

 

この危機を驚くべき聴力で回避へと導くのが、

「靴下」というニックネームの主人公です。

床に触れる自分の靴の音すら気になるので、

艦内では靴下で過ごすというこだわりをもっています。


分析官は聴こえてくる音から、

スクリューのプロペラの枚数などを聴き分け、

艦種や艦名を特定し、位置を把握します。

昔、日本の少年兵がレコードに録音された爆音を聴いて、

グラマンロッキードだとあてている記録映画を思い出しました。

このときも爆音から戦闘機か爆撃機か、高度や方向を、

聴きとるんですよね。

 

潜水艦映画にカンペキなしと書きましたが、

どのへんが不満かというと。

●リアリティがない

前半で対潜ヘリコプターとの対決場面があります。

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浮上して艦橋の上から無反動砲でヘリを狙い撃墜する場面、

どう考えても、浮上前から上空で待ち構えている

ヘリのほうが有利でしょう。

それに対空ミサイルでなければ命中するはずがない。

またヘリを発進させた敵艦がおとなしく引き下がってくれるわけがない。

 

もうひとつは潜水艦から潜水艦へ、

副長が水中を泳いでたどりつくという場面。

真っ暗な海のなかを、水中バイクでたどりつくのはムリ。

しかも水深数百メートルというと、

水圧に耐えられないんじゃないかと思います。

 

また主人公はミサイルの発射音から重量が軽いことを聴き取り、

核弾頭が搭載されていない可能性を示唆します。

発射音から弾頭の有無がわかるもんでしょうか。

 

●説明がない

兵器や潜水艦乗りのルール、命令伝達のシステムについて

説明がなく話が進んでいくので、

登場人物がなにに驚いているのか、なぜおびえてるのか、

わからないところが多々あります。

専門的な事柄でも、それが作品理解に不可欠なことであれば、

ストーリーに組み込むかたちで紹介していってほしいです。

よくあるのは潜水艦のど素人が乗り込んで、

あれこれ質問するというやつですけど。

先にあげた疑問が観客に生じないよう、

事前に手を打っておくべきです。

 

いくつか例を挙げると、

核ミサイルの発射命令を受領したら通信を遮断して、

たとえ大統領でもキャンセルできないって本当なんでしょうか。

潜水艦同士が近いと水中無線が使えるようなんですが、

これも実用化されてるんでしょうか。

それとフランスでは上司に面会する前に

ズボンのチャックの確認をするのでしょうか。

 

以上、いろいろ書きましたが、にもかかわらず、

潜水艦ものらしいスリリングな映画でした。

核攻撃命令を受けた潜水艦と、それを阻止しようとする僚艦が

同士討ちを覚悟で、ぎりぎりのつばぜり合いをします。

互いに魚雷を射ち合い、

片方は確実に核ミサイルを発射するため、

片方はそれを阻止するため、

どちらも向かってくる魚雷に対して回避行動をとりません。

崇高な使命感と自己犠牲の精神、比類なき勇気とのぶつかりあいに

見ているものは息を飲みます。

 

またロマンスが描かれているのも潜水艦ものとしては珍しいです。

主人公は、出会ってすぐからときめいた女性

(プレリ=牧草地という変わった名前)に

職業を訊かれて「音響戦の分析官」と答えます。

そのあと、酒場で背後からこっそり女性が近づいてくると、

接近を察知して振りむく主人公。

わかった! 音響戦ってこうゆうことね

実にわかりやすい説明です。

 

女性とむつみあうシーンではいろんな音(声)が強調されます。

これもまた音響戦の一環であるかのように。

そして睦言をヒントに謎の潜水艦の正体を探り出す展開もよくできています。

 

沈没寸前の潜水艦から脱出する主人公は、

水圧で鼓膜が破れると警告されます。
無事に救助された後、彼女と再会する主人公は、

彼女が後ろから接近してくる音に気づきません。

「黄金の耳」を失ってしまったことを匂わせて、
映画はラストへ。

これもいいエンディングでした。