うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

怖い絵に教わる窃視

10年以上前にベストセラーで

評判になったのは知ってるんですけど、

まだ読んでませんでした。

買った覚えはないので、たぶん息子の本です。

 

怖い絵

 

美術館が苦手で、絵画に興味がないぼくでも、

とても面白く読めました。

歴史物語がベースにあるからだと思います。

そして人間心理への深い洞察も。

 

1枚の絵の中にこれほどの情報――

史実、神話、政治、宗教、家族、人間心理

……等々にまつわる解釈が隠されているとは!

それらを読み解く著者の思考、発想は、

広い教養に裏打ちされているに違いありません。

単に研究者としての視線というよりは、

人生経験を積んだひとりの

大人の女性としてのものの見方というか。

文章には官能的とさえいえる湿り気を感じます。

 

ストーリーテラーとしても優れています。

スリリングな緊張をはらむ文体で、

グイグイ引っ張っていきます。

読者は謎が明かされる過程を

ワクワクしながら堪能できます。

巻末の解説によると、著者はかつて、

オール讀物推理小説新人賞に応募して、

最終候補に残ったことがあるそうで、

なるほど! と合点がいきました。

 

どの絵の解釈も興味深いのですが、

一例を挙げると、以前この日記の「夢の話」で使ったこれ。

 

ルドンの「キュクロプス

巨大な一つ目の化け物はユーモラスながらも不気味。

著者は一つ目について、こんなふうに書いています。

 

視姦するあまり両の目が寄ってきて寄ってきて、

ずいずいと寄ってきて、

ついにはひとつの異常に大きな目玉になってしまった、

とでもいうような、そんな狂おしい一つ目。

見たいものを見たいようにしか見ない目、

しかもふたつがひとつになって偏りも倍加した目、

客観性を放棄した、まさに小児的な一つ目だ。

 

この筆力、この表現力にうなってしまうんです。

まるで一つ目が生まれる瞬間を

目撃していたかのような書きっぷりです。

実は偏見に凝り固まったぼくのものの見方も、

これと同じ一つ目だと指摘されたようで、

ゾクリとしました。

「見たいものを見たいようにしか見ない目」

といわれたようで。

返す刀で別のだれかを斬りつけるような、

そんな文章です。

 

この絵の主人公は、ギリシャ神話に出てくる、

単眼の醜い巨人キュクロプスのひとり、ポリュペモス

彼は海のニンフ、ガラテアに一目ぼれするんです。

(一つ目だけに)

彼は海辺でガラテアが美青年アキスと戯れているのを見かけ、

怒りのあまり岩を投げつけてアキスを殺してしまいます。

そんなポリュペモスの歪んだ愛の形を、

心理学的解釈によって強烈に造型したといわれるのが、

この絵を描いたオディロン・ルドン(1840~1916)です。

彼は生後わずか2日目で里子に出されたのだそうです。

その理由を彼は、母親に疎まれたためと思い込んでいました。

ようやく自分の家へ帰ることを許されても、

愛されているという確信がもてないままでした。

彼は暗闇を求め、大きなカーテンの陰、室内の暗い片隅、

子ども部屋に隠れることに喜びを感じていたといいます。

ここからの著者の想像力に、またもやうなってしまいます。


その暗がりからルドンは、

自分を捨てた母親を見つめていたのではないだろうか。

親に嫌われて地底へ追放されたポリュペモスと同じように、

母に流刑されたと感じていたルドンは、

母の愛を絶望的に求めつつ、カーテンの陰から、室内の片隅から、

そっと母の姿を盗み見して「奇妙な喜びを感じていた」のではないか。

自分は身を隠しながら相手を思うさま見つめるというのは、

相手に知られないで相手を所有することである。

正々堂々と愛を得る自信のない彼は、

窃視によって相手を手に入れるしかなかった。

 

盗み見るとか、盗撮するって、

「相手に知られないで相手を所有する」行為だったのですね。

いや~、勉強になります。

ストーカーの先駆けともいえるポリュペモスって、

見た目がこうだからってこと以上に、

その性癖、行いによって、

心の歪んだ怪物のように見られてしまうわけですね。

恋心を打ち明けられない相手を、

自分を想ってくれない相手を、

密かにずっと見続けてしまうって普通にあると思うんです。

その行為の結果、こんなふうに怪物視されてしまうことが、

起こり得るんですねえ。

この絵は報われない愛の悲劇性を表現してるわけで、

そう思うとポリュペモスの一つ目は悲しげにも見えてきます。

 

というような絵画作品の解説が22本も入っていて読み応え十分。

絵って、なんとなく漠然とした感情を呼び起こすものですが、

自分がそう感じたのはなんでだろ? ってところを、

かくかくしかじかこういワケでって、

教えてくれる本なんですね。

ここまで読み込むあんたが怖い!

とぼくは思いましたとさ。

 

文庫なので絵が小さかったのは残念でした。

大きいサイズで読まれることをお勧めします。