うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

暁の宇品

良書というのは読んでる間、

著者や主人公と長い旅に出ている気がします。

読み終えたときには、

景色の良い場所にたどり着いた心地がして、

そこに荷物を下ろして、しばしほっこりできる、

そういう本かなと思うんです。

 

まだ6月なのに半年ですでに2冊も、

そういう良書にめぐり合えた幸せを感じています。

偶然にも著者はどちらも女性でした。

 

深夜2時ごろに読み終えて、

興奮でしばらく眠れませんでした。

粘り強い取材と膨大な資料から、

よくこれだけの作品にまとめられたものです。

ノンフィクションの精華です。

暁の宇品

陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

 

太平洋戦争とは輸送船攻撃の指令から始まり、

輸送基地たる広島への原子爆弾投下で終わりを告げる、

まさに輸送の戦い。補給戦”だった。

その中心にあったのが、広島の宇品だったのである。

と著者は語っています。

宇品というのは陸軍の輸送基地があった場所で、

そこに陸軍船舶司令部が置かれていました。

「輸送船攻撃の指令」とはアメリカによるもので、

民間の船を警告なしに攻撃することは国際法違反でした。

それくらいアメリカは輸送船の脅威がわかっていたということです。

 

陸軍船舶司令部は、船と船員を持たない海運会社のようなもの

だそうです。

陸軍は海軍と違って船や船員ももっていないので、

部隊の輸送が必要となったときは、

民間の船を船員ごとチャーターする方法をとっていました。

平時から船や船員を抱える余裕はないですしね。

太平洋戦争では民間船が徴用され、

船員の2人に1人が戦死するという甚大な被害を招きます。

 

戦死者比率は陸軍二〇%、海軍一六%に対して、船員は四三%。

その犠牲がいかに避けがたいものであったかがうかがい知れる。

民間の船員は陸軍の2倍以上、海軍の3倍近く亡くなっているのですね。

護衛もなしに速度の遅い船を戦場に送りだす無謀な作戦を

何度もくり返すというのが、

日本軍の上層部の度し難く愚かで、

人命軽視もはなはだしい精神性です。

反対意見を出す者がいたら「臆したか」「弱気なり」と押さえつけ、

一か八かの「天祐」にかけるという運頼みです。

合理性のかけらもありません。

大勢の人の命がかかっているのに、

読んでいてほとほと嫌気がさします。

江本孟紀だったら「ベンチがあほやからやっとられん」

というところですが、

当時の日本国民にはそこから去る自由なんてないわけで。

 

無責任な高級軍人が多いなか、

ここに紹介されるふたりの陸軍船舶司令官は例外でした。

「船舶の神」といわれた田尻昌次中将と、

宇品最後の船舶司令官、佐伯文郎中将のふたりは、

ともに部下思いで、胸のすくようないい仕事をしました。

 

そもそも船舶司令は兵員や弾薬食糧を運ぶための船を、

どう工面するか、その計画を練らねばなりません。

船に載せられる人や荷物の量は決まっていますし、

船の数も決まっています。

すべては確定したデータから結論が導き出せるものなのです。

そこに根性論が入り込むスキはありません。

 

太平洋戦争前夜、日本の船舶輸送力は限界にありました。

日中戦争で手一杯なのに、そこからさらに民間の船を陸軍にまわせば、

日本の国内産業は立ちいかなくなって、

それはすなわち戦争遂行能力を削ぐことにつながります。

驚くべきことに、南方の資源が目的で起こした戦争なのに、

その資源を日本に持ち帰る船の算段はついていませんでした。

ひとりめの船舶司令官、田尻中将は、

その事実を上申したことで罷免されます。

 

もうひとりの船舶司令官、佐伯中将は、

広島に原爆が投下された際、

配下にあった特攻部隊を被災地に投入します。

放射線被害の可能性も知りながら、

司令部を広島市内に移し、最前線で救難活動の指揮を執りました。

あのとき、もし佐伯司令官が

「陸軍の任務は、米軍の本土上陸に備えること」と

戦力を温存していたら、それでなくても壊滅的な広島の被害は

一体どれ程のものになっていたかと。

あの夏の一〇日間の陸軍船舶司令部の足跡は、

軍隊という組織が何のために存在するのかという

根源的な問いを包含している。

著者は関東大震災時の陸軍の目覚ましい災害対応や

自衛隊による災害出動にも思いを馳せます。

 

歴史ノンフィクションの役割の一つは、

過去の出来事から教訓を得て、

そこから未来を照らすことにあるといえるでしょう。

シーレーンの安全と船舶による輸送力の確保は、

決して過去の話ではない。

食糧からあらゆる産業を支える資源のほとんどを

依然として海上輸送に依存する日本にとって、

それは平時においても国家存立の基本である。

島国日本にとって船舶の重要性と脆弱性は、

いくら強調してもし過ぎることのない永遠の課題である。

その危い現実を顧みることなく、

国家の針路のかじ取りを誤るようなことは二度とあってはならない。

と著者はあとがきを結んでいます。

 

すばらしい戦争ノンフィクションでした。

お若い(50代はお若いです)女性が書いておられるんです。

女性がこのジャンルで取材して書けるなんて!

と驚くのは、ぼくの女性に対する偏見でした。

お恥ずかしい限りであります。