うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

地図と拳は重かった

Slim佐藤さんに貸していただいたんです。

小川哲の直木賞受賞作、

地図と拳

やっと読み終えることができました。

633ページもある本です。

 

せっかく貸していただいたのに、

読み始めたときから敗北の気配が濃厚でした。

敗北というのは自分には歯が立たない、

面白さが理解できないタイプの文芸書に

よく感じる読後感です。

敗北の予感は最後まで続いて、

とうとう楽しむことができませんでした。

難しかったです。

 

この作品は、

義和団事件から第二次世界大戦後までの満洲中国東北部

のある都市で繰り広げられた知略と謀略を描いたもの

という紹介のされ方をしてまして、

そこだけ読むと非常に興味惹かれる話なんですけれど、

史実をもとにしながらも架空の話で、

登場する地名や都市名も架空です。

実在の人物も名前だけ登場します。

読んでいて伊藤計劃の「虐殺器官」を思い出しました。

よくある虚実ないまぜの面白さというのではなくて、

歴史を舞台に借りた壮大な思考実験みたいな感じでしょうか。

「地図」は地政学、「拳」は暴力(戦争)?

はっきりこうですよと示したか所はなかったと思います。

 

建築とはなにか、地図とはなにか、戦争とはなにか、

考えたおして書いた小説だと思います。

(巻末の参考文献の量がものすごい!)

 

戦争構造学研究所という架空の組織が出てきて、

そこに優れた才能が集結しています。

資金の出どころは不明です。

国家、もしくは陸軍なのでしょうか。

丸眼鏡の男は「戦争構造学研究所」の細川だと名乗った。

細川によれば、研究所の目的は十年後の未来を予測することにあるという。

そのために、細川は大きくわけて二つの研究を柱として進めていた。
一つ目は地政学の研究だ。

世界中の地図を読みこみ、

どの国家がどの土地を狙っているかを明らかにする。

戦争になったときには、どこが戦場になり、

どういった戦いがどれくらいの期間行われるかを想定する。

各国の備蓄資源や技術力から、どちらが優勢かも判断する。

内地から学者を呼び寄せ、そこに優秀な支那人やイギリス人、

フランス人、ドイツ人を加えた研究班を作ったという。

この多国籍研究班は、最新の軍事学を取り入れながら、

地政学的分析を行っている。

歴史地理学も地形を見て、そこにどんな文明や都市が発達するか

予測するという話を聞いたことがありますので、

そのとき学問というのは面白いなと思ったものです。

ウクライナの地理についてはすでに山ほど研究されているのでしょう。

 

科学というのは事実を集めてそこから予測できなければなりません。

その意味では戦争構造学も科学に近いものでした。
もう一つは政治の研究だ。

有事の際にどこが戦場になり、どちらが勝つのかを

物理的に判断するのが地政学であるならば、

そもそも有事に至るかどうか、有事に至った際に

どのような決定がなされるのかを、

精神の視点から考えるのがこちらの研究である。

そのために細川は、知性と欲のある若手を集め、

〈仮想内閣〉を組閣したという。

〈仮想内閣〉は未来に起こり得る状況をもとに

〈仮想閣議〉を行い、

現実の内閣がどのような対応をするのか推測する。

開戦か不戦か、暴力か交渉か。

二つの研究班は互いの知見を共有しながら、

物理と精神を両輪として前へ進む。

 

陸軍が多くの経済学者を集めて結成した

陸軍省戦争経済研究班を思い出しました。

経済の数字を集めて分析すれば

日本に勝ち目がないことは明らかです。

敗戦を不可避と考えたとき、

天才たちはどんな行動をとるのか。

そのシミュレーションがこの小説になったのかも。

 

やっと読み終えたときはほっこりしました。

直木賞受賞作を読んで面白さが理解できない

自分の頭にはがっかりしましたが。

 

主さは714グラム。

これを片手で支えて読むのは大変でした。

この小説の重みに、ぼくは最後まで圧倒されて、

楽しむところまでいけなかったのでしょう。

佐藤さん、すんません。

いい感想文が書けなくて。