うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

Why does the 小隊 go on fighting?

ニュースはずっとウクライナ侵攻のことばかり。

ちょっと前に読み終えたのがこの小説です。

ロシアによる北海道侵攻が始まったという内容です。

f:id:umeharanakase:20220225131606j:plain

作者はこの「小隊」で芥川賞候補になって、

今年は「ブラックボックス」という作品で

とんとん拍子に芥川賞を勝ち取りました。

 

「小隊」は架空戦記ではあっても文学作品なので、

なぜ、どういう狙いでロシアが侵攻してくるのか、

日本政府や国際社会がそれにどう対応するのか、

といった政治劇の部分は重視されていません

国連安保理は機能せず、在日米軍も介入しないという大状況を、

掘り下げるのではなく、ただひたすら、

戦場に配置された主人公(安達三尉)、一般大卒で、

未熟な小隊指揮官の個人的視点で「戦い」が語られます。

戦記ものが好きでたくさん読んできたつもりですが、

そうしたものとはかなり印象が異なります。

 

作者は元自衛官でヘリコプターのパイロット経験があり、

現在は公務員という31歳の男性(若い!)だそうで、

兵士が戦場で経験するあれやこれやが描写され、

その匂いや肌感覚までが文章から立ち上がってきます。

 

昇る、上がる、という動作はいちいち

身に着けている装備品の重さを思い出させてくれる。

鉄帽に防弾チョッキ、実包の込められた六つの弾倉に

防護マスクだとか銃剣、その他諸々のポーチや雑嚢、

そして89式小銃

 

装備のせいで重いし動きにくいだけでなく、

あちこちこすれて痒くなったりします。

そういう状態で二階建てアパートに居残り続ける

カナムラ親子(シングルマザーとその子)に、

避難を促しに行く場面から物語は始まります。

災害のときと同じように避難を拒否する住民はいるのですね。

沖縄を除いて本土決戦というものを体験していないのですから、

戦闘地域になるから避難といわれてもピンとこないのでしょう。

 

戦闘はなかなか始まりません。

ロシア軍の意図が不明のまま膠着状態が続き、

小説の半ば過ぎまでは迎撃態勢の確認をする

連絡や打ち合わせ、食事などの描写に費やされます。

防衛出動時はスマホ携帯は禁じられているようで、

主人公は世界から隔絶された状況にあります。

安達が最後に触れたTwitterのタイムラインは、

威勢のいい言葉とあくまでも国際協調をとって

平和的な解決を目指し続けるべきだという言葉が、

それこそ伯仲していたが、そのいずれにも

おれたちの屎尿処理とか風呂を心配する声はなく、

カナムラ氏みたいな親子や寝たきりの残留者が

出てくるという予想は、

少なくともそのときは一つも見かけなかった。

自分もそんなことは想定していなかった。

 

町が戦場になっても排せつや入浴といった

日常的な営みが消えるわけではありません。

むしろいろいろと行動が制限されるぶん、

その重みが強調されて浮かび上がってきます。

こうした日常への視線が、この小説を特徴づけている気がします。

セブンイレブン」や軽自動車の「N-Box」といった固有名詞が、

非常時にそのまま同居している「日常」を鮮明化します。

 

訓練で何よりもつらいのは、演習場の外、

パジェロの窓の向こうに日常があるにも拘わらず、

みじめに穴蔵で眠ったり風呂に入れなかったり

寝れなかったりすることだ。

その訓練の延長線上に本物の戦場がありました。

実際に戦闘が始まってからも派手なアクションはなく、

比較的淡々と部下や敵の死が語られます。

いざ始まってみたらこんなものかという、

現実とはそういうものだという感覚です。

戦時は平時のすぐ近くに隣接しているという感覚。

 

この小説では戦場という非常事態下が描かれますが、

この非常事態はいつでもだれにでも不意に訪れます。

家族が病気になったり、会社をクビになったり、

彼女にフラれたり、いろんな非常事態に見舞われます。

そんなときも、見知らぬ人たちは楽しそうに笑ってたり、

テレビではお笑い番組をやってたり、

空を見れば青く晴れ上がってたりします。

自分にとってはこの世の終わりなのに、

日常はなにも知らぬ気にいつも通り進行していく。

だれもが感じるその違和感、その普遍的な感慨を、

ひとりの自衛隊員に託して描いているように思いました。

 

ぼくのなかでは”The End Of The World”のこの歌詞が流れます。

Why does the sun go on shining?

www.youtube.com