うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

それ、わかるで、ええなっ!

なかなか普通の日記に戻れません。

また、みのさんのことを。

 

といっても、みのさんとはほとんど言葉を交わしたことがありません。

なんでかっていうと、それはもう高校時代にさかのぼります。

ぼくは高2でニューエデンというバンドに入って、

そこでリーダーの千田君にハモの基本を教わります。

レターメンの「愛するあなたに」をコピーするという、

高校生バンドでは考えられないようなことを千田君はやってのけました。

6th、9th、maj7、m7といった、当時のぼくには

未知のコードでハモるコーラスを教わったわけで、

ぼくにとって千田君はハモの先生でした。

いまもハモを考えるときは「千田やったらどんなハモつくるかなあ」と想像したりします。

 そして千田君が憧れていたのがマヨネーズです。

ニューエデンでも「砂にまみれて」という名曲をコピーしました。

 

そう、マヨネーズ。

KBSラジオでよく聴きました。

北山修がMCやってた番組です。

3億円事件を題材に「VACATION」の替え歌をつくったり、

日本語歌詞の「綿つみの唄」をうたったり、

「みんな風が悪いのさ」「忘れられないの」「いなかへ行こう」など、

どれもハモがすばらしかったです。

いや、曲も演奏もすばらしかったんですけど。

 

そのマヨネーズの一員がみのさんです。

ぼくのハモの先生の千田君が憧れた、その人です。

ぼくにしたら雲の上の人。

話しかけるなんて、とても畏れ多いことです。

もちろんみのさんって、だれに対してもウェルカムな、

フランクなお人柄というのはわかっているのですが、

十代の頃の刷り込みっていうのは、そういうもんです。

だから直接会話したことより、

間接的に交わした言葉のほうが思い出に残っています。

 

うめなか初期の頃、コープイン京都でのライブで、

「Waltzing Matilda」とドヴォルザークの「家路」を

マッシュアップしてつくった曲をMCで紹介するときに、

「GからEmに移るときのB7が大好きで」と言ったら、

「わかる!」という声が袖から上がりました。

みのさんでした。

パスタイム「アメリカンフォークナイト」のライブでは、

「We Shall Overcomeのコードのここ、この音が好きなんです」

とギターを鳴らしたら、

「それ、オーギュメントや、ええな!」と客席から。

みのさんでした。

 

それ、わかるで、ええなっ!

うれしそうなみのさんの笑顔が目に浮かびます。

みのさんはいつでも音楽の味方でした。

理響さんって法名をいただいて、

いまも地上から聴こえてくる音楽の響きに耳を傾けて、

それ、わかるで、ええなっ!

と相好を崩したはることでしょう。

満70歳は早いです。

とってもさびしいです。