実家が「ホテルローヤル」というラブホテルだった作家、
そのプロフィールに興味を惹かれました。
ぼくもかつてラブホテルの仕事をしていたし、
その仕事で知り合ったオーナーさんとは
いまでも付き合いがあります。
なので読んでみました。
ラブホテルへの興味本位で読んだのが
申し訳ないくらい、小説らしい小説でした。
舞台は、北海道の釧路湿原を見下す高台にある
部屋数6つの小さなラブホテル「ホテルローヤル」。
ホテルの経営者とその家族、従業員、
出入りの業者、利用者の男女……
についての7つのショートストーリーで構成されます。
どれも面白くて、共通するのは
社会の隅っこで懸命に生きている人たち
(とくに女性)が登場するということです。
「本日開店」というのは変わった話でした。
官能小説のようなシチュエーションですが、
ひかえめな淡々とした語り口です。
主人公は50歳の住職に嫁いだ30歳の主婦。
地元経済の衰退と町民の宗教離れで
経営の傾いた寺を維持していくために、
檀家の長老4人が論外な取り決めをします。
住職と20歳も年の離れた夫人に「お布施」(3万円)を払って、
「おつとめ」をしてもらうということ。
檀家の老人たちは見返りなしに寄付する気にはならないという、
その程度の気持ちなんです。
とんでもない人権侵害なんですけれど、
親兄弟がなく、養護施設に育ち、
子どもの頃から苦労続きだった住職夫人の幹子は、
それをひどいとも搾取とも思わず、
こんな私でも求めてもらえるのならと受け入れます。
(住職はEDで、取り決めを知らない体)
この小説に出てくるのは、容姿にも才にも運にも恵まれず、
それでも自分にできることをひたすら続けてきた女性、
ときには身に降りかかる理不尽も
黙って受け入れてきた女性たちです。
住職夫人(「大黒」と呼ぶのですね)は
こんなふうに描かれています。
幹子は自分の容姿が十人並みに届かぬことを
ずいぶんと幼いころから知っていた。
養子にもらわれてゆく子たちは男も女も
可愛い面立ちをした者が先だった。
そういう自分だから、
30歳も若いというだけで、
檀家の年寄りに悦んでもらえるのならそれでいいか、
結婚前、看護助手だったときにしていた
介護と似たようなものだし、
と幹子は思うのです。
ところが一軒の檀家で代替わりが起こり、
この慣習を申し送りされた息子が次の相手になります。
10歳しか年の変わらない男性が
自分をどう評価するのか、
幹子は不安に思い、なにかが違ってきます。
「バブルバス」の主人公も専業主婦です。
夫は家電量販店に勤務しています。
姑を介護して、看取り、墓のローンが始まり、
娘の不登校に悩み、息子は受験を控え、
そこへ年金暮らしの舅が転がり込んできて、
ただでさえ狭いアパートの一室を占領し、
という、まったく暮らしにゆとりのない主婦です。
舅が自宅で突然死して、その法事のために、
住職に渡そうと用意していた「五千円」が、
思いがけず浮いてしまいます。
その五千円をどう使うか悩んだすえ、
「いっぺん思いっきり声を出せるところでやりたいの」
と夫にホテルローヤルに行くことを提案します。
ほんとにささやかで小さなしあわせです。
生きていて100個のうち99個が辛いことだったとしても
1個の小さなしあわせを見つけて、
焦らず腐らず生きていく人間の姿が描かれます。
登場人物に注がれる作者のまなざしのやさしいこと。
フィクションなのはわかっていますが、
世の中にはこういう人たちがいるのだなあ、
生きていくって悪くないかもなあ、
と思わせてくれます。
人生の「同行者」としての小説です。
しんみりと心の温まる短編集でした。