うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

174杯のもりそば

岩城宏之の「森のうた」っていう

文庫をいま読んでるんです。

岩城宏之山本直純という偉大な指揮者の、

青春グラフィティってとこですかね。

天才、山本直純との交流模様が楽しいです。

だけどぼくはちょっとキマジメなのか、

どうしても引っかかるエピソードがあるんです。

 

東京藝術大学時代の話です。

岩城&山本コンビは指揮をやりたいというので、

学生による学生のためのオーケストラを結成しようとします。

ところが、だれも参加者がいないので、

練習に来た者には1人2杯ずつもりそばを進呈すると

ポスターに書いたら、たちまち85人も集まりました。

ふたりのぶんを加えると、174杯のもりそば。

そば屋に注文したら、出前のお兄ちゃんふたりが、

何往復もして運んでくれました。

 

そのあと当然、お兄ちゃんは集金に来ます。

代金は3480円。

昭和26~27年ごろというと、

小学校教員の初任給が5500円の時代ですから、

かなりの金額です。

しかし、岩城&山本コンビはお金がなくて、

集金の兄ちゃんの前からとんずらして、

最後まで払わずじまい。

 

当時、岩城宏之はアルバイトで打楽器奏者をしていて、

月10万円の収入があったと書いています。

先ほどの先生の初任給から割り出して、

いまの価値にすると400万円くらい?

なのに当時も、いまにいたるも、

そば代金の始末はわからないと書いています。

 

おそらくそば屋は大学に訴え出て、

担当教授が払っているのだろうと想像します。

でも、代金を踏み倒されたそば屋や、

迷惑をかけたお兄ちゃんに対し、

あるいは建て替えたであろう師に、

罪の意識や反省の思いがないのに少々がっかりしました。

10年後に謝罪に行ったとか、そういうことでもあれば

若気の至りでと許せる気もするのですけれど。

 

お金持ちの芸術家って、こんなに常識のない人たちなのかしら。

面白い内容なのに、そこだけは後味の悪い読後感でした。