うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

チンピスカンはだれだ!

珍妃の井戸

読みました。

珍妃(ちんぴ)は清朝末期の皇帝に寵愛された側室です。

皇帝(光緒帝)には正室ともうひとり側室(珍妃の姉)がいて、

それぞれラクダ顔とブタ顔だったそうです。

で、三番目の珍妃だけは才色兼備、

豊かな教養と美貌を兼ね備えていました。

 

そして、井戸。

これは珍妃が殺された場所というか手段というか。

珍妃はやっと腰回りあるかないかの細くて深い井戸に、

無理やり押し込まれて殺されるのです。

一思いに死ねず、身動き一つできず、暗がりの中、

ネズミに齧られ啄まれ、虫にたかられ、じわじわ死んでいくという、

発狂しそうなほどに残酷な殺害方法です。

 

珍妃は西太后に殺されたというのが、

国史の通説であり、「常識」なのだそうです。

しかし、実はそうではないのでは? 

(一般に流布する残忍な悪女のイメージはでっちあげ)

と考えた著者が、珍妃はなぜ、だれに殺されたのか、

歴史ミステリーのかたちで真相を追及していきます。

 

物語の背景には排外主義勢力、義和団の乱と、

8か国連合軍の北京侵攻という史実があります。

まさに映画「北京の55日」のあたりですね。

時は1900年、義和団に包囲されていた

列強の公使館員・居留民を救援に来た8か国連合軍が、

北京を陥落させた直前、西太后西安に逃れ、

珍妃はその混乱の中で命を落としたとされます。

 

西太后が犯人でないとするなら真犯人はだれなのか。

珍妃を好かん人間が殺したのでしょうか。

 

探偵役を務めるのは4か国の4人。

英国のソールズベリー提督

ドイツ公使館のヘルベルト・フォン・シュミット大佐

日本公使館に滞在中の東京帝国大学教授松平忠永子爵

露清銀行のセルゲイ・ペトロヴィッチ総裁

 

彼らは関係者を訪ね、珍妃殺害の真犯人について語らせます。

答えるのは次の6人。

すべて実在の人物です。

光緒帝に仕えた宦官の蘭琴(ランチン)

直隷総督の袁世凱

珍妃の実の姉で側室の瑾妃(チンフェイ)

瑾妃に仕えた宦官の劉蓮焦(リウリエンチャオ)

廃太子の愛親覚羅溥儒(プージュン)

珍妃を愛した皇帝で、幽閉中の光緒帝

いずれも事件の現場にいて、真相を知りうる立場です。

ところが、彼らが証言する「真犯人」は、

みんな違っていました。

事件の真相は混迷の度を深めていき、

そして最後に珍妃その人が……


これもやっぱり芥川龍之介『藪の中』スタイルなんですよね。

証言がそれぞれ大きく食い違っているのです。

歴史の真実とはそうしたものなのか。

同じ事件も見る側や立場によって異なりますものね。

でも、ひとつだけ、だれもが共感できるのが、

光緒帝が語る愛の言葉です。

なんという切なさでしょう。

こんなにも男女が引かれ合う、その糸が切れるのが失恋です。

ふたりが喪失の極みを経験しなかっただけでも

まだしあわせだったんじゃないかと思ってしまいます。

浅田次郎はさすがわかってらっしゃる。

長くなりますが、引用して終わります。

 

あのころの朕の思いの狂おしさ切なさを、

いったいどのように言葉にすればよいのか。

いや、それはとうていできまい。

朕は珍妃のすべてを愛し、

珍妃もまた、朕のすべてを愛してくれた。


少くも、幸福な、甘い恋情などではなかった。

抱けども抱けども思いのたけを吐ききれぬ切なさ狂おしさに、

朕と珍妃は抱き合い転げ回りながら、たがいの体と心とを貪り合うた。


さよう。「戀」は古くは「攣」の字を用いたという。

漢書の「師古注」に、「攣、又読んで戀と曰う」とある。

すなわち恋とは、心攣(ひ)かれることじゃ。

愛し合う心と心が、あたかも悍馬を攣(ひ)く手綱のごとくに張りつめ、

靭(つよ)く猛々しくたがいの愛を求め合うさま――それこそが恋じゃ。


その思いは、幾年たてども変わることがなかった。

いや、一夜を過ごすたびに朕の恋情は確かな重みを増した。

朕は珍妃のすべてを愛した。

腋下に小さなほくろを見出せば、それを心より愛し、

あしうらに古い傷をさぐり当てれば、

その因(ふるいい)を、その痛みを、

その傷の形を、心より愛し、恋い慕うた。