うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

西あれば東あり

京都の玄関口に東寺(とうじ)があります。

昔は西寺(さいじ)もあったんですね。

その西寺の五重塔の跡が発見された

というニュースを最近目にしました。

西寺は、平安京の中央を南北に結ぶ朱雀大路と羅城門を挟んで、

東寺とほぼ左右対称に建てられたそうです。

 

話は変わって、最近読み始めたこの本。

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ぼくは買った記憶がないので、たぶん父の本……

かと思ったら、1989年発行、30年前の本。

てことは父はもう亡くなってるから、やっぱりぼくが買ったのか。

もはや自分の記憶は信用できません。

(我が家には未読の本が山ほどあって)

 

義和団事変(事件)というと映画にもなりました。

ボンボンボンボンボンボンというスキャット(?)で始まる、

「北京の55日」の主題歌は、

オリジナルはブラザーズフォアが、

日本語版は克美しげるがうたってました。

エイトマン」のB面でしたっけ?

時は一千九百年 55日の北京城~♪
って歌詞でした。

この映画で描かれる義和団事件を取り上げたドキュメンタリーを、

いま読んでるわけです。

モリソンというのはロンドンタイムスの記者で、

映画の中のヒーローみたいに大活躍します。

 

映画では 清朝の実権を握っていた西太后が敵役として登場します。

www.youtube.com

予告編では義和団が「京都」の旗を掲げて突撃してきます。どういうこっちゃ~~~

 

The Empress of all China
Gave the signal to begin
Let the foreign devils
Be driven from Peking

という英語の歌詞に出てくるThe Empressが西太后ですね。

外国の悪魔どもを北京からたたき出せ

という気持ちはよくわかります。

帝国主義の列強に自国の権益を、

ほしいままにされてきたのですから。

 

この本でも西太后につい紹介しています。

西太后清朝第九代威豊帝の側室、

それも第四側室だったんですって。

4番目だけども皇帝の子をもうけたことで、

西太后の位を得たんだそうです。

実は正室の位を太后というんですね。

日本でも皇太子のことを東宮といいますから、

東が正統なのでしょう。

 

正室の東太后には子どもがいなかったので、

政治的野心の強かった西太后がどんどん権力を掌握していって、

実子の同治帝が世継ぎのないまま亡くなったあとも、

実妹の4歳の子を第十一代皇帝の位につけます。

この子が光緒帝で、西太后はその摂政となります。

そして東太后が亡くなるといよいよ権力を独占していきます。

西太后は少女時代の故郷の恋人、栄禄という男を使って、

邪魔者をどんどん消していったとかで、

この東太后が亡くなったのも、毒殺ではないか

という噂が流れたそうです。

恐ろしいですねえ、恐いですねえ

淀川長治なら言うでしょうね。

 

ちなみに映画で主演のチャールトン・ヘストンが入城してくるシーン、

彼らは義和団による排外運動の高まりで危機に陥った

列強の外交団を救出に向かう援軍第一波で、8か国406名。

いちばん多かったのがイギリス軍で83名、ついでロシア81、

映画の主役のアメリカは55名、日本軍は27名いたとあります。

(映画では伊丹十三が将校役を務めていました)

これだけではとても足りないのですが、

援軍の第二波は天津から駆けつけるものの

義和団+清国正規軍の攻撃を受け、天津に引き返さざるを得ません。

そこから外交団たちの籠城、北京の55日が始まるわけです。

 

てことで、西太后がいたけど東太后もいたんだという驚きで、

西あれば東あり、東あれば西ありって話を書こうとして

長くなってしまいました。

冒頭の西寺の五重塔が、もしいま残っていれば

京都にツインタワーが立ってたってことで、

いかにも壮観な眺めだったことでしょうね。

見てみたかったなあ。