うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

娘にガールフレンド!?

多様性とかLGBTQとかいわれるこのご時世、

少しでも理解に欠けるようなことを口にすると

袋だたきにあいそうな気がするんですよね。

もちろんしあわせになる権利はすべての人にあるべきで、

そこに疑問の余地はないんだけど、

でも、このお父さんの感覚、

わかるよなって言いたくなります。

 

祝宴

著者は台湾人ですね。

飛ぶ鳥を落とす勢いのTSMCを思わせる

台湾の大手IT企業の役員一家の物語です。

 

父親の明虎は仕事の関係で日本滞在が長く、

娘二人は日本生まれ、日本育ちです。

とはいえ、両親は台湾人なので、

日本社会の中で自分はヨソモノなのだと、

長女の瑜瑜(ユユ)は気づき、

不登校になってしまいます。

父親は、自分とよく似た気質の長女を心から信頼していて、

中学佼に行かないという選択を許します。

 

瑜瑜が上海に留学したときも、

どこから来たの? というシンプルな質問に、

台湾と言えばいいのか日本と言えばいいのか、

自分でわからなくなって、

わたしって一体何なの?

と苦悩していることを父親に打ち明けます。

きみはきみだよ、

パパの大事な娘なんだ

と答える父親。

娘は娘で、ママがわかってくれなかったことも、

パパは必ずわかってくれると、絶大な信頼を寄せています。

互いを理解し合う父娘関係です。

 

そんな瑜瑜(ユユ)は妹の結婚式の夜、

(妹は姉と違い、あっけらかんとした性格で柔軟性に富んでいます)

同性の恋人(日本人女性)の存在を家族に告白します。

母親と妹はそれを知って祝福しますが、父親は戸惑います。

ガールフレンド? どうして瑜瑜の相手を

そんなにあっさり受け入れられるんだ?

瑜瑜と同性だぞ、女なんだぞ、と言いたくなる。

そして、家族のうち、自分一人だけが、

そう感じているらしいことに困惑する。
瑜瑜には正常でいて欲しかった。
どうして、この思いを誰とも分かち合えないんだ?

 

きみはきみでいいんだと言える父親にして

こうなのですから、理屈ではないですよね。

自分が生きてきたなかで自然としみついた感覚です。

そういう感覚に正しいも間違いもないと思います。

 

「正常」とか「普通」って、

いまは言ってはいけないのでしょう。

そんなふうに戸惑う父親に対して、

しかし、作者の視線はとても温かく寛容です。

互いを尊重し合う姿勢があれば、

いつかわだかまりは消えていく。

それまでゆっくり時間をかけて見守ろうよ。

とでも言っているように。

 

アイデンティティーの問題については、

台湾の場合、歴史的背景があって、

より複雑な要素がからみあってきます。

中国大陸から渡ってきた外省人

以前から台湾で暮らす本省人がいて、

世代によって、感じ方は異なるようです。

それもまた物語のなかに描かれています。

 

私は何者か、どこの国の人間か、どんなグループに属しているのか、

国籍、民族、ルーツ、宗教、ジェンダー……。

世界には、この問いに向き合いながら生きる人たちがたくさんいます。

それぞれの違いを対立や確執にしないゆるさを、

気長に養っていける社会であるといいですよねえ。

いろんな具を包み込んだ小籠包みたいな。