うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

寒くて痛いレヴェナント

また寒なってきましたね。

でも、この程度で寒いといっちゃあ北国の人に失礼だ!

って思ったのがこの映画です。

テレビ大阪のお正月劇場を録画して観ました。

「レヴェナント蘇えりし者」

CM込みで1時間46分なのに、長く感じる映画でした。

画面が暗くて登場人物の顔が見分けられません。

(監督が自然光だけで撮ることにこだわったとかで)

主人公があのディカプリオだということさえ、

最初はわかりませんでした。

白人はアメリカ人とフランス人、インディアンも2部族出てきて、

見た目で違いがよくわからないので、ストーリーがつかめません。

いまはインディアンじゃなくて先住民というのだと思うんですが、

ぼくが耳慣れた「インディアン」を使わせてもらいますね。

 

19世紀初頭のアメリカ北西部が舞台です。

ビーバーを罠で捕えて皮をはぐ猟師(トラッパー?)の一団がいて、

ディカプリオは彼らの案内役です。

インディアン女性との間にできた息子を同道しています。

猟師たちは対立するフランス人グループと争いつつ、

インディアンを警戒しながら毛皮業を続けていました。

最初のクライマックスはインディアンによる襲撃シーン。

音もなく飛んでくる矢が恐いです。

連射の利かない銃は接近戦には向かず、

猟師たちは命からがら脱出し、

そこから山中での逃避行が始まります。

 

題名のrevenantは、日本語の副題からわかるように、

1(長い留守の後に)帰って来た人
2  幽霊,亡霊(ghost)

という意味のようです。

内容を一言でいえば、

仲間に裏切られた男が過酷なサバイバルをして復讐を遂げる

というあらすじなんですが、アクション映画というのではなく、

哲学的要素も加わっている、ぼくの苦手とするタイプでした。

不明点が多かったので見終わってからネットの解説を読んでたら、

上映時間は2時間36分と書いてあるじゃないですか。

テレビ大阪版はなんと1時間もカットしてあったんです。

1時間もバッサリ切られた映画は元の映画とは別物かもしれません。

 

てことでネットフリックスで観直しました。

カットされた1時間がよみがえりました。

2回目は解説のおかげで、筋の流れ、だれがどうしてこうなるか

というのがあらかたわかっていたので

2時間半の長尺でも退屈することはありません(これは意外)

filmaga.filmarks.com

 

寒くて痛い映画です。 

零下2度で寒いなんて言ったらバチがあたりそうなほど厳寒の地。

人間や熊とのバトルで、主人公は血だらけ傷だらけ。

不衛生な環境だし破傷風とか敗血症とかにかかりそう。

こんな寒いのに川の中に入って水を汲んだり、魚を取ったり。

濡れた衣服では体はずっと冷えたままでしょう。

屋根のある家で毎日過ごせるだけありがたいと思いました。

 

印象的なカットのひとつがこれ。

バイソンの頭蓋骨の山です。

これには元ネタがあったようです。

どうやってこんだけ積み上げたんでしょう。

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実際の19世紀アメリカで撮影されたバイソンの頭蓋骨の山。
(出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bison_skull_pile-restored.jpg

 インディアンの栄養源であるバイソンを絶滅させることで、

インディアンそのものを根絶やしにしようとしたということらしいです。

神をも畏れぬ所業です。

 

アメリカ人猟師から奪った毛皮を、インディアンが

フランス人に売りつけようとすると、

「盗品は半値以下になる」として買いたたきます。

そのときインディアンは言い返します。

「お前たちは我々からすべてを奪った」と。

そもそも盗人はどっち側かって話です。

トランプがメキシコ人を国境から入れないと宣言したときもそうですね。

「あんたはどの口で言うてんねや」

と大阪のおばあちゃんなら唇をつねってることでしょう。

 

もうひとつ印象に残ったのが、ブリザードが迫るなか、

死んだ馬の腹を裂いて臓物を取り出し、

そのなかに主人公が全裸でくるまるシーン。

スターウォーズ帝国の逆襲」でもありました。

ケガをしたルーク・スカイウォーカーを、

ハン・ソロがそうやって助けます。

こういうサバイバル術は北米ではよく知られていたってことでしょうか。

 

極限状態においては、

自然と神と人間が非常に近くなる

ということを、この映画から感じました。

映画では「神」という言葉が何度も出てきます。

死にかけた男が神を見つけた

その神とはリスだった

その男はリスを殺して食った

敵役の男が「神」を小ばかにするエピソードは

本質をついているのかもしれません。

あらゆるものに霊が宿るとするインディアンのアニミズム

(インディアンの神を)嘲笑する白人男が、

最後まで面倒を見るという(一神教的な)「契約」を破り、

自分の命惜しさに瀕死の主人公を殺そうとし、

それをとめようとした主人公の息子を殺害するという大罪を犯します。

 

一方で、主人公の命を救ったインディアンが

「神」という言葉を口にします。

最愛の息子を殺した男に対する復讐すら、

人間のなすべきことではないという意味なのか、

Revenge is in God’s hands. Not mine.

と主人公に向かって言うのです。

キリスト教徒でもないインディアンの男が、

聖書の言葉をつぶやくのはどういうことなのでしょう。

「復讐は神の手に委ねられる。私にではない」

という意味で、主人公も最後はその言葉に従います。

 

生きていくだけでも過酷な土地で人間は争い殺し合います。

それも食い扶持を稼ぎたいという、

人間社会での生存競争の一環ではあるので、

しょうがないことなのかもしれません。

その人間のどうしようもない業をカメラは静かに見つめます。

同じ視線が、流れる川に注がれるとき、

川底までのぞけそうなほどに澄みきった水の美しいこと。

 

アニミズムであれ、多神教であれ、一神教であれ、

神は、そして自然は、人間の善い行いも悪の所業も、

ただ無言で見つめているという点では同じなのかなと感じました。

これもやっぱり映画館で観るべき映画でした。

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