うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

花のあとのあと

こないだ映画「花のあと」の感想を書いたときに、

ストーリーにリアリティがないから、

原作はどうなってるんだろうと興味がわきました。

それで図書館で借りたんです。

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藤沢周平の短編集「花のあと」。

なんと、2009年の時点で42刷って、

すごい人気があるんですねえ。

息長く読まれています。

 

中には武家ものと町人もの合わせて8編が収録されています。

武家ものの一つ、「花のあと」のあらすじは――

娘ざかりを剣の道に生きたある武家の娘、

以登がほのかに想いをよせるのは、

部屋住みながら道場随一の遣い手江口孫四郎だった。

たった一度、竹刀で試合をしただけの孫四郎が、

藩の要人、藤井勘解由の策謀で非命に斃れたことを知ると、

以登は仇討ちを決意する。

 

ということで大筋は映画と同じですが、大きな違いが4つ。

(ここからは大いにネタバレします。本を読みたい方はご注意を) 

 

第1に、主人公の以登は北川景子のような美人ではないこと。

細面の輪郭は母親から譲りうけたものの、

眼尻が上がった眼と大きめの口は父親に似て、

せっかくの色白の顔立ちを損じている。

以登は日ごろから大きめな自分の口を気にしていて

ひと前で笑うことはおろか、なるべく口のあたりが目立たないように

面伏せに振舞うことを心がけていた。

と文中に描写されています。

「醜女だったわけではない」けれど、

「以登は美貌ではなかった」とも書かれています。

なので北川景子ではなく、杏くらいでよかったかしら。

 

第2に仇討までの段取りです。

映画のように以登が仇の藤井勘解由に果たし状を送ったわけではなく、

ことの真偽を訊ねたいとして呼び出したことになっています。

このときの以登との会話から、

真相を悟られたと知った勘解由が口封じをしようと以登に斬りかかるので、

ここは最初から太刀を携えて決闘に臨んだ映画とは大違いです。

そしてこの程度の経緯なら、以登の行動は無謀ではあるけれど、

藩の要人を亡き者にしようといった大罪を

はなから企図するものではなかったとわかります。

 

第3に仇討の場面。

映画では勘解由が手の者を3人ほど連れていて斬りかからせますが、

小説では1対1です。

勘解由には居合の心得があって、しかも相手は女ですから、

あなどっていたのでしょう。

勘解由はおそらくは自信満々で、以登を亡き者にしようと

刀の柄に手をやり、間合いを詰めます。

そして刀が鞘走る、その寸前、

一瞬早く以登がひと息に懐剣で胸を刺します。

すごい早わざ! 

懐剣というのは通常、胸に差していて短い刃渡りのものですから、

十分に近づいてさえいれば、

引き抜いて刺すまでの時間は短くてすんだことでしょう。

 

第4に後始末。

以登は現場を離れ、事が終わるのを待っていた許婚に

死骸の処理を頼みます。

彼は野犬をとらえて殺し、

勘解由の死骸のまわりに血をまき散らし、

勘解由の刀にも血を塗りたくって、犬の死骸は川に捨てます。

こうして勘解由は何者かと決闘の末に殺されたと見えるような

工作を施してして事なきを得ます。

居合の遣い手を殺害したのがまさか女子と思われるはずもありません。

 

以上、小説の場合は大きな無理なく、話が進んでいきます。

これならあとから以登が詮索を受けることはなさそう、

と思えるまではリアリティに配慮されていたのです。

 

そして映画では描かれなかったエロス漂う描写がここ。

以登が初めて、そして生涯に一度、孫四郎と手合わせをした際、

恋の電撃に打たれたまさにその瞬間が語られています。

もしかすると北川景子はここを読んでから演じたのかもしれません。

打ち合っているうちに、以登はなぜか

恍惚とした気分に身を包まれるのを感じた。

身体はしとどに濡れ、眼がくらむような一瞬があったが、

その一瞬の眼くらみも、不快感はなくてむしろ甘美なものに思われた。

照りつける日射しのせいだけではなかった。

どうしたことか、身体は内側から濡れるようであり、

恍惚とした気分も、身体の中から湧き出るようでもある。
以登は顔を振って、瞼に落ちかかる汗を振り落とすと、

かっと眼を見ひらいた。

 

この短編集には、先ほど書いたように町人ものも収められています。

いちばん感じたのは、

人間、日々の小さなしあわせを感じて、

平穏に過ごせることで大いによしとしよう

といった慎ましい人生観です。

花のあと」の以登も、生涯で出会った中で最高の男との

恋が成就することはありませんが、その恋を心の芯に抱きながら、

平凡な夫との間に多くの子を設け、長く平穏な人生を生きます。

人間、生きてるだけで丸儲け

明石家さんまの名言を思い出します。