うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

泣きごとは一切言わねえ人間になりてえ

イギリスの文豪、ディケンズ

こないだ「クリスマス・キャロル」を

読んだばかりで、次がこの代表作。

大いなる遺産

 

多くのサイトで、主人公のピップは

孤児として紹介されています。

でも、ピップは姉とその夫である鍛冶屋のジョーに

育てられています。

お姉さんはけっこうきつい人ですけど、

ジョーはやさしくてピップのことが大好き。

身寄りがあるし、愛されて暮らしてるから、

孤児ではないと思うのですけれど。

 

あらすじは下のサイトに書いてある通り。

簡単にいうと主人公ピップの成長物語ですね。

mindmeister.jp

 

ピップは知らない人物から

財産を寄贈され、ジェントルマンになります。

イギリスの貴族は長子相続で、

次男三男は土地も爵位も継げないので

平民に落ちてしまいます。

それではまずいというのでジェントルマンという階級を、

貴族と平民の間につくったんですね。

土地は持っているけど貴族ではない人間もいて、

そういう人もジェントルマンでした。

産業革命の時代になると裕福な平民が出てきて、

ジェントルマンの序列に加わります。

アッパーミドルクラスですね。

 

ピップがジェントルマンになるというのは、

それらしい話し方、身振り、服装、マナーを

身に着けるということでした。

話し方というのは標準英語でしゃべることで、

国王の治世ではキングズイングリッシュ、

女王の時代はクイーンズイングリッシュと呼ばれます。

 

ピップは幼い頃に出会ったお金持ちの養女、

エステラを想い続けます。

エステラはつんと澄ました冷たい美人で、

なにを考えているのかわからない女性でした。

ピップが思い切って告白しても、

一週間も経たないうちに、わたくしのことなんか

頭の中からすっぽり消えてしまうわよ

と突き放します。

 

そんなエステラに対して、

ピップは血を吐くような言葉を返します。

頭の中から、ですって。

あなたはぼくという存在の一部であり、

ぼく自身の一部になっているんですよ。

(中略)

ぼくが目にしてきたありとあらゆる風景の中に

――河や、船の帆や、湿原や、雲の中や、光の中や、

暗闇の中や、風の中や、森の中や、海や、通りにも

――あなたはずっと息づいていました。

あなたはぼくの心が知りえたありとあらゆる

優雅な幻想の現身(うつしみ)でした。

(中略)

今こうしてお別れするにあたって、

あなたから善だけを思い出し、

これからもずっと心に抱き続けます。

なぜって、たとえ今はどんな身を切るような苦痛を

味わわされていても、

ぼくを傷つけたよりもあなたははるかに善を

ぼくにくれたに相違ないんですから。

 

恋する男の心情というものは、

今も昔も洋の東西を問わず変わらないものですね。

ここは読んでいて胸が熱くなりました。

 

「大いなる遺産」には多くの登場人物がいて、

それぞれが個性的で魅力にあふれています。

なかでもぼくが好きなのは脱獄囚から身を起こして、

ひと財産築いたマグウィッチです。

重い病で死が迫るなか、看病するピップが、

「今日はとっても痛いんですか」と訊くと、
「泣きごとは一切言わねえよ、坊主」

と返します。

ろくでもない犯罪者だったけど、

生きるために全力を尽くして、不運や辛い境遇にも、

泣きごとは一切言わない生き方を貫いてきたこの男、

かっこいいです。

ぼくなんて「泣きごとは一切言わねえ」と何度心に誓っても、

泣きごとばっかりこぼしてしまう人生ですから。

ああ、情けない。

 

「大いなる遺産」の原題は、

Great Expectations

直訳すると「大きな期待」です。

ぼくはいつもだれかさんに大きな期待をして、

「大いなる失望」を味わいます。

期待しては失望する。

いい加減このループから抜け出したいけど、

ついつい期待してしまうのよねえ。

とまた泣きごとを言ってしまうぼく。