うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

浮世絵に遠近法はない?

美術館は嫌いだけど、

絵画について書かれた本はときどき読みます。

この本も35年前に買っていました。

日本人と遠近法

日本の浮世絵はなぜ遠近法をもたなかったのか。

という問いがあって、

ほう、そうだったのかと思いました。

でも著者によると、

日本に遠近法がなかったわけではないのです。

 

奈良県東殿塚から発見された円筒埴輪の舟の絵では、

手前の擢と向こう側の擢を大小にえがきわけている。

日本人がまったく遠近法をしらなかったわけではないが、

それを絵画の中心の描法に採用することはなかった。

 

古墳時代の絵は原始絵画というようで、

なかには遠近法的な描き方をされたのがあるんですって。

そこから時代はずんと下って

浮世絵が盛んに描かれたころには、

すでにヨーロッパの遠近法は知られていました。

それ以前に中国の遠近法も入っていました。

上の左は菱川師宣の「見返り美人図」、
右は鈴木春信の「新後撰 俊成」です。

江戸時代にはこういう美人の立姿図が流行りました。

著者はこの美人図の「蛇体姿勢」に注目します。

 

「蛇体姿勢」のねじれが舞踊の動作の範囲をこえて、

人体の自然の破壊にまでむかっている

立姿図があることも事実である。

絵師の視点はけっして一か所に固定されず、

女性の姿態をめぐって移動しているのである。

 

浮世絵では、ヨーロッパの遠近法のように

視点は一つじゃなく、絵師の視点が移動している

と研究者は考えます。

美人が不自然なくらい真横に首をねじっているのは、

首の下と首の上を、違う場所から見ているってことです。

違う角度から見た図をくっつけて、

1枚の絵ができた、みたいなことでしょうか。

 

有名なこの絵はどうでしょう。

葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」です。

これなんか手前の船や波が大きく、

遠くの富士山が小さく描かれているので、

典型的な遠近法かと思ってしまいますが……。

 

北斎の「神奈川沖浪裏」は前景の二艘の小舟、

中景の一艘の小舟、遠景の富士と三部構図法をとっているが、

中景を大きくえがくことはせず、前景から中景、遠景と

順次に小さく、なだらかに連続して断絶がない。

そこにはヨーロッパの遠近法の摂取のあとをみることができる。

しかし、厳密な幾何学的線遠近法が適用されているのではなく、

その三部のそれぞれのなかでは自由に視点を移動させて描写している。

前景の波頭、舟、舟のなかの人物などをみると、

絵師の視点が一か所に固定されておらず、

前景のなかを自由に移動して対象に接近していることがわかる。

 

ヨーロッパの遠近法、とりわけ線遠近法について、

著者はこんなふうに解説しています。

見えるものを、線を基本とした明確で単純な

枠組みでとらえることができるとする精神は、

この世の明晰さ、わかりやすさを信じる精神であり、

合理的、科学的思考を誕生させて、秩序ある世界への信頼となる。

 

ぼくの理解ですけど、ヨーロッパの遠近法は、

一点にすえた自分の眼で見とったものこそがすべて

という考え方に基づいています。

それに対して、浮世絵は、

複数の視点で見えたものから、

絵師が自分の見たもの、見せたいものを、

選び取り、切り取って並べます。

いまでいう「合成」でしょうか。

それは写実というより絵師の解釈、創作です。

全体の構図のなかで各パーツが、

遠近法に矛盾なく配置されていることより、

それぞれのパーツの細部を見せることのほうが

大事という考え方なのでしょう。

 

もしも「冨嶽三十六景」を正しい遠近法で描いたら、

同じような感動は得られないかと思います。

猛々しい牙をむきだしておそいかかる大波にゆられる

三艘の小舟とその向こうに泰然と静まる雪の富士。

という「大自然」と「人の営み」との対比は、

遠近法に忠実に従わない、

誇張されたデザインワークでこそ、

胸に迫ってくるというか。

 

なぜ日本の画家たちは対象をえがくときに視点を移動させるのか

という問いを立てた著者は、その理由を西洋と日本の文化、

そのベースにある宗教観の違いに求めます。

最後のその論証が、ぼくには理解がおよびませんでした。

そこはぼくの頭の悪さと教養不足でしょう。

 

あといろんな絵画の解説が出てくるのですが、

それに対応する図版類が少なくて、

文章からはわかりづらい部分もありました。

でも、遠近法に対する接し方に

日欧文化、ひいては社会の違いが見えるという指摘は、

そうかもなと思いました。

日本人って合理的、科学的思考をベースに

大きな絵を描くってことが苦手な感じがするんですよねえ。

政治家を筆頭に。