スポーツオンチなもんで、
落合博満(ひろみつ)の本とは知らずに借りました。
野村克也のことかと思ってたんです。
でも、面白かったです。
中日監督時代の落合の話。
落合はTBS「サンデーモーニング」に
ときどき出ているので知ってる程度。
シニカルというか、冷笑的な態度が、
暑苦しい中畑との対比でおかしいんです。
落合のコメントには技術論もあって、
すごく深いことを言ってるはずなのに、
ぼく以上に野球オンチと思われる
メインキャスターの膳場貴子は、
そこをスルーしてしまいます。
素人目線で訊いてくれる、
関口宏のほうが良かったなとつくづく思います。
嫌われた監督
和を乱す人間は日本社会では嫌われます。
ぼくも若干そういうところがあるので、
煙たがられてる自覚はあります。
落合はもちろん大ありだと思います。
なぜ、落合という人間は、今あるものに
折り合いをつけることができないのだろうか。
なぜ、わざわざ波風を立てて
批判を浴びるようなことをするのだろうか。
人情やしがらみを排してゴールへまっしぐら。
まわりからどう思われてもいい。
プロとして結果を出すことが第一。
というのが落合の「オレ流」でしょうか。
パフォーマンスが落ちてきたら、
スター選手であってもレギュラーから外して、
新人をそのポジションにあてる。
メディアは騒ぎ立て、ファンからは非難ごうごう、
替えられた選手もすごいプレッシャーにさらされます。
でもプロはそのポジションで
結果を出さないといけないんですね。
プロ野球はそもそも自己責任の競争社会なのですが、
落合はそこをさらに先鋭化させていきます。
落合は、低めのボールを振ること、
ヘッドスライディングすることを禁じます。
前者でいうと、打者が投手に打ち取られるパターンは、
そのほとんどが低めのゾーンに手を出してのものだったから。
後者のヘッドスライディングは故障のリスクが高いから。
もし飛び込んで怪我したら、お前責任取れるか?
勝敗の責任は俺が取る。
お前たちは、自分の給料の責任を取るんだ
と落合は言います。
プロ野球選手は個人商店なのです。
どの選手に対しても、落合は「頑張れ」とも
「期待している」とも言わなかった。
怒鳴ることも手を上げることもなかった。
怪我をした選手に「大丈夫か?」とも言わなかった。
技術的に認めた者をグラウンドに送り出し、
認めていない者のユニホームを脱がせる、それだけだった。
ぼくもフリーライターという個人商店をやってて思うんです。
ここでヘタを打ったら次から仕事は来ないって。
そういう緊張感の何百倍も感じながら、
毎試合毎試合、いえ、1秒1秒、
選手は戦っているのですね。
打撃はよくて3割だけれど、
守備は10割を目指せる
として、落合は打てる者より守れる者を、
野手より投手を重視します。
落合が監督になってからの中日は毎年、
リーグトップを争う四五〇個ほどのフォアボールを
獲得するようになった。
セ・リーグでは四〇〇を超えないチームが多いなかで、
このシーズンは五〇〇を超えていた。
これって去年の阪神の戦い方を思い出しますね。
そうやって地味に奪った2、3点を、
計算できる投手力で守り切る。
偶然性に頼らず、勝利の可能性を追求する野球でした。
だから落合の野球は「つまらない」と言われたりします。
目標を達成するための合理的な選択しかしない。
こんなリーダー、日本人には少ない気がします。
織田信長とか?
投手の山井大介は8回まで1人も走者を出さない完全試合を目前に、
降板して、岩瀬仁紀(ひとき)と交代します。
試合には勝てたものの、落合の采配については、
賛否両論というより、非難の声のほうが高かった気がします。
山井が降板を申し出た――それは事実だ。
とあります。
事実はそうであっても人間の心理って単純じゃないんです。
落合的には投手交代が合理的な選択でした。
だけどこの先二度とないかもしれない
勝負させてやりたい、だけどリスクは最小化したい。
そのへんの監督、コーチ、キャッチャー、投手の心理に
書き手は迫ります。
落合は監督としていい仕事をしました。
2004年、就任初年度でリーグ優勝したのを皮切りに、
8年間でリーグ優勝4回、日本シリーズ出場5回、
日本一が1回、Bクラス(4位以下)0回。
歴代の中日監督では、最高の成績を示します。
けれども最後の年、2011年、
優勝をかけた試合前に監督退任が発表されます。
ほとんど優勝は絶望的だと見られていたチームが、
あと1勝で日本一というところまで辿り着いたその時、
あまりに唐突なタイミングです。
著者は解任の背景をこう書いています。
なぜ、やめなければならないのか……。
思い当たることは一つだった。
おそらく、嫌われたのだ――。
落合は勝ち過ぎたのだ。
勝者と敗者、プロフェッショナルとそうでないもの、
真実と欺瞞、あらゆるものの輪郭を鮮明にし過ぎたのだ。
落合は決して人間味のない人、情のない人ではないようです。
実際、この本の著者(元・日刊スポーツ記者)が自宅まで取材に行くと、
家に上げたり、球場までのタクシーに同乗させて、
言葉少なではあるものの相手をしています。
だからこの本は書かれたのだと思います。
著者は1977年生まれ、
文章から想像してたより若い人でした。
まだまだ力作を世に問いそうな、
書き手だと感じました。