うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

五体不具穢(ごたいふぐえ)

こないだから平安づいてます。

このマンガが無料だったので読んだんです。

菅原道真在原業平がバディを組んで、

都の難事件を解決していくというお話。

久しぶりのマンガですけど、

ちゃんと読み方は覚えてました(当たり前か)。

平安時代でいろいろわからないことは、

新書で勉強しました。

新書なのに(ぼくには)ちょっと難しかったです。

もちろん読んでよかったです。

発見したこともあります。

平安時代日記はいまみたいなプライベートなものではなくて、

政治力の源泉ともいえる貴重なノウハウ集だったとか。


この本によると、藤原実資(さねすけ)という人は、

養父、藤原実頼の日記「清慎公記」(せいしんこうき)を、

誰に貸して、誰に貸さないかを案配することで、

政治権力を強めていったそうです。

儀式の大家だった養父の日記には、

政務や儀式のやり方が記録されていたのですね。

それが重要情報だったのです。

 

この時代は政務や儀式の先例どおりに遂行することが、

重視されたので、貴族がなにかの仕事の担当になったときに、

その先例を知らないと赤っ恥を書いてしまうのです。

忠臣蔵に出てくる赤穂のお殿様みたいなもんでしょうか。

間違ったことをすると、

それを指摘するために、弾指(だんし)や咳唾(がいだ)

といった行為が取られた。

弾指や咳唾って言葉は初めて目にしました。

指を弾いたり、咳払いをしたり、唾を吐いたり、

ときには顎が外れるほど笑われるんですって。

ウケる~ってやつです。

それだけじゃなく、みんなの日記に「故実を知らず」と

記録されたりするので、末代まで恥をさらすことになります。

貴族社会って、陰湿で、恐ろしいところですね。

 

もう一つ、興味を惹かれたのが、

五体不具穢

「ごたいふぐえ」と読みます。

この時代、死体を見たり触れたりすると、

何日間か自分を隔離して清められるまでは、

家を出てはだめという決まりがあったんです。

死穢(しえ)といいます。

ところが、平安京には死体がよく落っこちていて、

しかも野犬に食いちぎられたバラバラ死体も珍しくありませんでした。

こういうのが犬やカラスに運ばれてきたり、屋敷内に投げ入れられたり、

瀕死の人が屋敷に入ってきて亡くなったりもするわけです。

 

死体が一体まるごとあったときは30日の忌だけど、

五体そろってないもの、頭や足がないだけの死体が

屋敷内に落ちていたくらいなら、

忌の期間ももう少しオマケしてもいいのではないか、

ということで、こういう言葉ができたようです。

近代ではただ一手もしくは一足がないものを七日の穢とする。

昔はそうではなく、背骨が連なっていれば三十日の穢とした。

という判断が下されたんですね。

いちいち30日の忌をやっていたのでは、

儀式や政務が延期されてばっかりになるので、

規制緩和をしたってことでしょう。

なんかコロナの待機期間が短縮化されていくのを思い出しました。