うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

主力武器じゃなかった日本刀

仕事の関係で読んだ本です。

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文字通り日本刀の歴史の本ですが、

合戦の話、剣術の話も豊富なエピソードとともに紹介されています。

日本刀は武器として優れていたのかどうか。

こんな記述に、へーーーと思います。

日本人が大切にしてきた日本刀は、実のところ合戦で

主力の武器となったことは、史上、一度もなかった。

では、大河ドラマの合戦シーンでおなじみの斬り合いは?

源平合戦の時代から、鉄砲が登場するまでの合戦で、

内容が明らかな史料を筆者が漁ったかぎりでは、

殺傷性で一番高いものは弓の矢で、これが6割。

次が薙刀(のちの槍)、これが2割。

その次がなんと投石、つまり礫(つぶて)で、これが1割強。

刀剣の殺傷率は実質1割にも満たなかったとのことです。

 

映画やテレビでは、馬上の甲冑武者が槍を小脇に、

あるいは日本刀を片手に戦うシーンが出てきますが、

そもそも馬上で使うのは概ね弓矢であり、

長槍は馬上では安定性をかき、柄を下から握られてしまえば、

手放すか、落馬するしかなかった。

とのことです。

また騎馬武者が馬に乗ったまま戦うことはめったになくて、

下馬してから徒(かち)で、つまり歩兵として戦ったとのこと。

馬上で槍をふるうのは、戦局が勝利に決して、敵兵が逃げはじめたとき、

馬で追いながら背後より槍を突き刺すということは考えられたが、

それでも鎧兜の重量を考えれば、馬の速度は時速四キロ程度でしかなかった。

と、ここでも大河ドラマの合戦シーンは否定されています。

馬だってテレビで見るようなサラブレッドではなくて、

もっと小型のポニーのようなサイズの日本馬だったので、

重い鎧武者を乗せて高速で駆けるなんてできなかったのです。

 

鎧兜(よろいかぶと)についても書かれています。

武士は狙われやすい急所の一つ、顔面を保護するために

「頬当」(ほおあて)を着けるのが常識であったが、

映画やテレビでは役者の顔がみえなくなるからであろう、

およそつけたのをみたことがない。

そんな危ないことをする武士は、実際にはいなかったろう。

とのことです。

顔の防備ががら空きでは危ないということですね。

だけど、面頬(めんぼう)をつけたのでは、

だれが戦っているのかわからなくて、

ドラマ上意味がないってことなのですね。

 

そして、こうした鎧兜一式で守られた相手を傷つけるには、

それなりの戦い方がありました。

という話や宮本武蔵もびっくりの三刀流の話、

元軍と戦った鎌倉武士の話や妖刀村正の話などなど、

新書といえどてんこ盛りの内容でした。

まだまだ紹介したりないので、続きはまた今度に。