うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

60センチという嘘

旧日本海軍空母「加賀」が発見されたというニュースが入りましたね。

加賀が沈んだのは1942年6月のミッドウェー海戦です。

真珠湾奇襲成功の報に日本中が浮かれてから、

わずか半年後のことだったのですね。

で、ぼくがこないだ読み終えたのは、

日本の敗色がさらに濃厚になった頃のこと、

レイテ沖海戦(1944年10月)の謎を扱った小説でした。

 

「人類史上最大の艦隊戦」といわれるこの戦いで、

連合国側の目的は、日本の勢力下にあったレイテ島を奪還すること、

日本側の目的は、連合国軍の上陸を阻止することでした。 honcierge.jp

レイテ島はフィリピンにあります。

日本の艦隊は、味方の空母部隊を囮(おとり)にして、戦艦武蔵をはじめ

多くの損害を出しながらもアメリカの護衛空母群を突破。

あとはほぼ丸裸状態の上陸部隊を攻撃するだけという段階に来て、

謎の反転を行います。

命じたのは戦艦大和艦上にいた栗田中将でした。

彼の判断は「謎の反転」「栗田ターン」と呼ばれ、

後に大きな議論を巻き起こしています。

いったいなぜこのタイミングで栗田は反転したのか、

その理由が知りたくて買ったのが、これ。

 

戦艦大和転針ス

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戦艦大和は勝機を前になぜ反転したか、そこに至るまでの

日米の両艦隊の司令官の苦悩や決断が時々刻々描かれるのか

と思いきや、全然違ってました。

 

物語はいきなり現代(昭和60年代?)からスタートして、

かつての零戦パイロット、

この人が主要な登場人物で、特攻隊の生き残りなんですが、

事情があって元部下とフィリピンに行きます。

この戦いにおいて、日本軍は初めて「神風特別攻撃隊」、

通称「特攻隊」を投入しています。

栗田の艦隊を攻撃しようとしていた連合国軍の護衛空母群に向かっていき、

文字どおり身を挺して栗田艦隊を守りました。

と、先ほどのサイトにも書かれています。

 

零戦パイロットは、大戦中、フィリピンで事業を営んでいて

いまも現地に暮らす日本人男性と出会い、

とある事件に巻き込まれ、その騒動のさなか、

ある事実が明らかになるというストーリーでした。

過去と現在が交錯するなかで、戦艦大和転針の謎が徐々に浮かび上がります。

 

と要約すると、なんだか面白そうって思えるんですけど、

ちょっと読むのに苦戦してしまいました。

現在と過去を往復する叙述スタイルがまだるっこしいこともあって。

 

さて、ここからが「レイテ謎のUターン」の小説における真相です。

ネタばれになるので、これから小説を読みたいという方は

この先は見ないでくださいね。

 

彼が反転を決断した理由のひとつが、とある電文です。

栗田艦隊の北方100kmの地点に敵の機動部隊がいると伝えられ、

栗田は反転してこの機動部隊を叩くことにしたのです。

というのがこれまでの説で、この小説のなかでは、

その電文が海軍上層部の和平工作派によって発信されたことになっています。

上層部の意を呈した軍人がフィリピン・ダバオ島にいる日本人軍属に命じて、

漁船で戦場近くまで赴かせ、絶好のタイミングで電文を打たせたのです。

そんな裏切り行為がどうして和平に関係してくるのか。

 

工作を命じた軍人はこう話します。

君たちの手で大日本帝国の誇る連合艦隊を、レイテから退却させるのだ。

日米の秘密ルートでは、いま和平工作が進行している。

和平が成功しても日本が負けることには変わりない。

しかし、停戦が合意に達すれば、武器を引き渡すことにもなろう。

戦争の常識だから君も承知しているだろうが、

その武力をどれだけ温存していたかによって、

同じ負けでも七三から四分六で交渉のテーブルにつくことができる。

 

へ~え、そんな秘密交渉があったんだろうかって思いますよね。

工作は見事に成功。大和は反転します。

著者はノンフィクション作家ですから、

おそらく、ある程度の現地工作の事実をつかんでいたのかもしれません。

歴史の謎をついに明らかにした! 真相はこうに違いない!

だけど証明が弱い。それでも伝えたい!

というときにフィクションとして発表する手法が

選ばれることがあります。

この小説の場合もそうだったのでは? とぼくは推理します。

 

もうひとつ大きな謎があるのです。

戦史ではなく、この小説についての謎です。

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ここでは武蔵の主砲を六〇センチと書いています。

横に(四六センチ)と 鉛筆書きしているのは本の前の持ち主。

(これ、古本なんで)

ありえないミスですよね。

戦艦大和の主砲の口径が46センチであることくらい、

ぼくでも知っています。

太平洋戦争について多くのノンフィクション作品を書いている著者が

知らないはずはないのです。

仮になにかのミスでそうなったとしても、出版社は新潮社です。

しっかりした校正者がついているはずで、

プロは絶対にそういうミスを見逃しません。

 

では、なぜ著者は60センチと書いたのか。

それはこの小説の内容が「真実」であると確信しているが、

だけどそこにわずかの推測と創作が入っていると

読者に知らせるための「暗号」なのではないか――

これが真実だと自分は確信しているから本当は小説にしたくなかった。

その気持ちをこの「六〇センチ」というフェイクから

察してほしいという著者のメッセージなのでは、と感じました。

 

本当のところはどうなんでしょう。

この本にはあとがきも解説もありません。

どこからどこまでが史実なのか。

知りようもないのです。