うめはらなかせの日記みたいな掲示板2

アコースティックギターの前にすべての曲は平等である

400年後のかしまし娘

ルイス・フロイスは30年近く日本に滞在した宣教師で、

「日本史」という大部の著書を残しています。

大変な筆まめというか文才があったようで、

日本人を観察してはヨーロッパ人との違いを書き留めていました。

それが「ヨーロッパ文化と日本文化」です。

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    図書館で借りました。

この本でフロイスは、

ヨーロッパと日本はまるであべこべの世界だとして、

数百もの例を挙げて指摘しています。

なかには、ほんまかいなとか、真逆だと言いたいがための

こじつけのような例もあるんですけど、

読んでると、当時の日本人の暮らしが垣間見えて面白いです。

 

音楽についての比較を紹介すると――

われわれの間の種々の音響の音楽は音色がよく快感を与える。

日本のは単調な響で喧しく鳴りひびき、

ただ戦慄を与えるばかりである。

西洋音楽に慣れ親しんだ彼らが日本音楽を聴くと、

親しみのある旋律じゃないから戦慄を覚えたんですかね。

ほかの宣教師も、

「〔日本の〕音楽は自然のものも作ったものも不調和で、

耳に厭わしく、十五分間聴くことも相当苦痛である」

と書いているそうです。

「自然のものも作ったものも」という意味がよくわかりませんが、

「不調和」というのは、日本の音楽には合唱するための旋律や、

ハーモニーがないということを指摘しているのでしょうか。

 

ヨーロッパの国民はすべて声をふるわせて歌う。

日本人は決して声をふるわせない。

これはビブラートのことでしょうね。

 

われわれはクラヴォ、ヴィオラ、フルート、オルガン、

ドセイン〔葦笛〕等のメロディによって愉快になる。

日本人にとっては、われわれのすべての楽器は、

不愉快と嫌悪を生じる。

これは、へーーーとしか言いようがないですね。

当時の日本人は初めて耳にする西洋楽器にびっくりしたのでしょう。

 

通常われわれの間では貴人の音楽は下賤の人の音楽よりも美しい。

日本では、貴人の音楽は聴くに堪えない。

水夫の音楽がわれわれを楽しませてくれる。

注釈によると、

「貴人の音楽とは、武士の間におこなわれる瑶のこと、

水夫の音楽とは船歌のことであろう」

とあります。

たしかに現代日本人にとっても、

単調な謡よりは民謡のほうが、

聴きやすいといえば聴きやすいですね。

 

ヨーロッパでは、少年は大人より一オクターブ高い声で歌をうたう。

日本では、すべての人が同じ音階でわめき歌う。

そこではソプラノはお休みである。

当時の日本人だって少年の声変わりはあったと思うので、

少年がうたうことがなかったのか、音階という概念がないので、

みんながまちまちの高さでうたって、

それが「わめき」に聴こえたのか……。

 

われわれはオルガンに合わせて歌う時の協和音と調和を重んずる。

日本人はそれを姦しcaximaxi(カシマシイ)と考え、

一向に楽しまない。

当時の日本人には、ハーモニーは姦しいものだったんですね。

かしまし娘がテーマソングで「ベリーグッドグッド」とハモってるのも、

当時の日本人が聴いたら、文字通りかしましかったはずです。

こうしてみると、日本人の耳も変わったもんですね。

フロイスの時代から400年たたずして、かしまし娘ですもん。